……うーん、おかしくないかな……。
前髪は良いけど、後ろ髪がこう、ハネてたり…

…って、うわぁ!!いつから居たの?!

…もしかして、ずっと見てたの?
(少し間をとって)…もう、声かけてくれればいいのに…。恥ずかしい…。

(間を空けて)

もう!からかわないでよ!いいから行こ!!

(間を空けて)

えーと…どれにしようかな…

…君は…日本文学?そうなんだ。私はこっちで選んでみるから、
また後でね。

(間を空けて)

お待たせ!何読んだらいいかわからなくて、色々回っちゃったよ〜(照れ笑い)

…太宰治、好きなの?ふーん、意外。
(少し笑って)だっていつも現代文の授業でうとうとしてるんだもん、
それなのに太宰が好きって凄く意外だなって

…私?私はこれ。『ああ無情』。…『レ・ミゼラブル』って言った方が早いかな。
君も聞いたことあるでしょ?有名だもんね。演劇にもなってるし。

…だから選んだんじゃないかって?失礼だなー!
私だって他にも色々読むよ、ミヒャエル・エンデでしょ、あとー…『赤毛のアン』とか…

…あ、全部映画とかになってるやつだってバレた?へへへ…
最初映画で観てから、原作が気になることってあるでしょ?
私はそういうタイプなんだよね。

あ、ねえねえ、知ってる?太宰治の遺体が上がった日を『桜桃忌(おうとうき)』って言うんだけど、
それは太宰がサクランボが好物だからなんだって。
でね、太宰のお墓にサクランボがお供えされるんだけど、
他にもお供えされてるものがあるんだよ

…ふふ、何だと思う?

(少し間をとって)

さすが!そうそう。『味の素(あじのもと)』なんだよねー。
太宰は何にでも味の素をかけて食べてたんだって。
…本当に好きなんだね。あ、疑ってたわけじゃないよ?
(照れ交じりに)…君の好きなものが知れて、嬉しかったの。

(少し間をとって)

あ、…すいません。

(少し間をとって)

(小声で)そうだよね、もう少し声のトーン落としたほうがいいよね…へへへ…

…(小声で)さて、集中集中…

(10〜15秒ほど間隔を取る)

…えっ?何でこっち見てるの?

わ、私?私は…その…。ちょ、ちょっと疲れたなーみたいな…

…そ、そっちもそうなんだ、そ、そっか…。
そうだよね、集中して読んでると疲れるよね…。

(小声で)なんだ…私を見てたんじゃないのか…

…(焦って)ん?な、何でもないよ!ほら、集中集中!

(間を空けて)

…読むのは良いんだけど、この後これの感想を書くんだよね…。
(ため息)あー、憂鬱…。
読書は嫌いじゃないけど、感想文は苦手だよぉ…

…やっぱり君もそう?そうだよねぇ…。
『ここのこういう部分が面白かった』って口で言うのは簡単なのに…

例えばこの本だったら…えーとね、今読んでるとこだと
ジャン・ヴァルジャンが5回目の脱獄をするところとかかな。
軍艦から落ちた水夫を助けた後、海に飛び込んでそのまま脱走するの

後は…この辺は有名かも。死んだ恋人の子供のコゼットを引き取って、育てていく後半の物語。
(生き生きとした声で)この後の展開が本当に波乱万丈で、すっごく面白いんだよ!

…あ、また声が大きくなっちゃった…。静かに、静かに…。

でもそれを文章にするとなると、本当に100枚あっても足りないよ〜

(不満そうに)…大げさとか言わないでよ。ほんとにすっごく面白いんだから

君が読んでるのは…『人間失格』…。うん、名前は聞いたことあるけど…

(少し間をとって)

…(ドン引き)え、酒とタバコに溺れた男が彼女と心中未遂したり、
アルコール依存症になったり、薬物に手を出したりする話…

…(考え込んで)ちょっと私には太宰の良さがわかんないわ…

(少し間を取って)

…え、これって太宰治自身の私小説なの?ふーん…。
…ねえ、君はそれを読んでどう思うの?

や、まさか憧れたりはしないと思うけど、何となく気になって…

(間を空けて)

…ふーん…やっぱり自分に無い生き方って、どんな形でも憧れたりするんだねぇ…

うん、むしろそんな破天荒な生き方って出来ないから、憧れるのかもね。

…私はもっと平和に幸せに過ごしたいな〜って思うけど。
…うん、普通に、こうして、…(照れ交じりに)君と図書館行ったり…し、したいなぁ〜って…

(少し間をとって)

(恥ずかしがりながら)あ、暑いねぇ〜!何でかな??あ、続き!続き読んじゃおっか!ね!

(間を空けて)

…(感心したように)偉いね、ちゃんとメモ持ってきたんだ…。
私も持って来ればよかったかなぁ…

あ!わかった、借りて家で読まないからここで済まそうとしてるんでしょ〜。
うんうん、わかるよぉ〜。一回借りちゃうとついつい安心して
読まなくなっちゃうんだよねぇ〜。
で、気がついたら返却期限になってるの。
私もそれよくやっちゃうんだぁ〜(照れ笑い)

(少し間をとって)

うっそだぁ〜、だっていつも教科書枕にしてる君が、
持って帰って読むって想像できないもん。

(少し間をとって)

…えっ?(恥ずかしそうに口ごもる)そっ、それは…その…

(少し間をとって)

(やや大きめの声で)ち、違います〜!ちゃんと授業に集中してます〜!!

(少し間をとって)

(はっと気がついて)あ…すいません…静かにしまーす…

(小声で)ほら、怒られちゃったじゃない…!

(少し間をとって)

…(小声でボソボソ)まぁ、私が悪いのは認めるけど、…元々は君が悪いんだからね?

あー、閉館まであんま時間ないし、サクサクっと読んじゃおう!

…って、サクッと読める分量でもないか…(ため息)
んー、借りて帰ってメモしながら読もうかなぁ…

…でも偉いね。ちゃんとスマホのメモじゃなくて、要点を書き留めるって。

たまに居るじゃない?ページを写メったりする人。
ほら、聞こえない?たまにカシャって音。
あれ絶対週刊誌とか写メってるんだよ。
(怒って)そういう事するならコピー取るか、買えば良いのにね。

…借りて帰って写メ撮ればって?
それも良くないと思うなぁ、私は。

(少し間をとって)

(ボソボソ)…それに…私は…好きな人の真似とか…したいし…

…な、何でもない!さ、ラストまで頑張ろう!

(10〜15秒ほど間隔を取る)

ふー、結局借りて帰る事になっちゃったねー

結構メモってたみたいだったけど、時間足りなかった?
…そうなんだ。
ねえ、読書感想文出来たら読ませてよ!

(間を空けて)

なーによー、恥ずかしいって事無いじゃない!
私も見せるからさ!ね、約束の指切りー。

はい、ゆーびきーりげーんまん!約束ね!ふふふ、楽しみだな〜

…もう一つ約束?何?

(間を空けて)

(照れ交じりに)…うん、わかった…。君にオススメの本、探しておく。

あ、でも不安だなー、君のオススメ、なんか暗そう〜。だって感想文、人間失格だし

(少し間をとって)冗談だよ、楽しみにしてる!今日も楽しかったし。
…(恥ずかしそうに)また、一緒に…来ようね。
あっ、今度はちゃんと静かにする…から…

(少し間をとって)じゃあ…また学校でね。うん、一人で大丈夫。
今日はありがとう。君も気をつけてね!

(3秒程の間)

あっ!忘れ物しちゃった!

(リップ音)

(少し間を取って)へっへっへ〜、不意打ちだよ〜!

…え?なんでちょっと残念そうなのよ。
(少し間をとって)当たり前でしょ、本当のキスは、…もっとロマンチックなところでしたいの!

…だから今日は、ほっぺにチューで我慢しなさいよね!
…それだって、結構恥ずかしかったんだから…
あ〜〜〜もう、わかったら早く帰りなさいよ!じゃあね!

(補足:リップ音=「ちゅっ」という唇の音のことです)
著者 竹内まりも
雑学から恋愛もの、短編から長編まで幅広いジャンルで活躍するシナリオライター。丸いものと美味しいものが好き。
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